理念

変わらない本質と変わりゆく今

私たちを取り巻く環境は、日々刻々と移り変わるものだと言えますが、見方を変えると随分昔からさして変わっていないとも言えます。同様に、私たちの営みも社会の変化に応じて変わり続けていると言えますが、太古の昔から本質的にはさして変わっていないとも言えます。
私たちにとって建築を考えることは、求められる機能に対して変わらない「本質」を見定め、変わりゆく、まさに「今」描くべき空間として構想することだと考えています。

地勢に「適う」場の設え

建築とは概ね大地に場を設えることだと言えます。大地は一つらなりでありながら同じものはなく、それぞれが小さな地形を成しています。その地形は連続し「地勢」となり、「地勢」が風を生み日当たりを決めます。それにより植生が形成され、環境を創り、私たちの営みが生まれます。
私たちはそんな「地勢」に逆らわない建築のありかたを常に考えています。「地勢」を読み、それに「適う」場を設えることこそ、自然から豊かさを享受しながら社会を持続していくために最も相応しい方法だと考えるからです。

固有の建築

物理的な大地に限らず、私たちを取り巻く商業、農業、教育、文化、宗教など様々な営みにも「地勢」のようなものがあると考えています。機能、クライアント、周辺環境、歴史、経営ビジョン、コスト、法律などの条件を小さな地形の集合と見立てれば、それらの関係を読み解き、つなぎ合わせることで、プロジェクトの背景となる固有の「地勢」が見えてきます。その固有の「地勢」に適う具体的なかたちとして、建築を構想します。それこそが、自然と共存し、人間の営みを富ませ持続させる最も相応しい方法だと考えるからです。結果として、同じ地勢や地形が存在しないことと同様に、おのずから固有の、ここにしかない建築が生まれるのだと考えています。




建築設計における考え方

対話により生まれる特別な言葉

クライアントは企業理念や目的を持った状態で私たちとのプロジェクトがスタートします。私たちはプロジェクトごとにクライアントとの対話やリサーチを通して、その理念や目的を私たちなりに改めて整理し、できるだけわかりやすく統合し直し、それを言葉にすることを大切にしています。この言葉は、プロジェクトにおけるコンセプトとして共有されると同時に、クライアント企業のお一人お一人が、それぞれの立場で自分の言葉としてお客様に投げかけられるものであり、それこそが最も信頼できるブランディングなのだと考えています。

骨格が建築を創る

クライアントとの対話によって生まれた特別な言葉を私たちは、建築のコンセプトと呼んでいます。私たちは常にこの建築のコンセプトにそって空間の具現化を目指します。コンセプトはプロジェクトの骨格そのものであり、確かな骨格があるからこそ、様々な立場の方々との協議や現場からの細かな要望による個別の肉付けもしっかりととりこみながら、決してぶれることのない、目的とする姿形の建築が具現化されるのだと考えています。

多くの人々に共感を得る、わかりやすさ

私たちは、公共性や商業性を持つプロジェクトにおいては、多くの人々に共感を得ることが最も大切なことの一つであると常に考えています。私たちは、共感を得るためには、まずその背景として、わかりやすさが大切だと考えています。その建築や、空間に込められたコンセプトがわかりやすいからこそ、多くの人々が理解でき、その上で他と比較し選択される、その場で働く人々も、わかりやすいからこそ利用者に説明でき、自らもコンセプトに適う選択ができるようになる。これが本当の意味での共感なのだと考えています。建築をつくることは常に多くの複雑な要件を引き受けることになりますが、私たちは、結果としてのわかりやすさを大切にしています。

枠にとらわれない、日本的なる自由

私は茶の文化が好きです。小さな茶碗一つに名を付け来歴を箱書きし、茶を飲む器という機能を超えて、たった一つの存在になっているところなど感動します。その道具における歴史を見ても明らかなように、華美でも素朴でも、高価であれ廉価であれ、国産であろうが無かろうが、あらゆる枠にとらわれない数奇という文化的な指向性そのものが、日本的なる価値観の表れであると考えています。日本的なるものというのは、そんな尊い考え方そのもので、そんな自由な文化につながった建築を創りたいと考えています。

改修という新しさ

茶の世界には「金継ぎ」という言葉があります。割れた器を直すとき、割れた部分がわからないように補修するのではなく、あえて思い切り目立つ形で、金を使ってかけを埋める修理方法です。これによって、割れた歴史を含めて器が蘇ります。また金は人体に害が無く、だから器としてまた口をつけることが出来るわけです。建築の改修も私はそんな風に考えて設計しています。




住宅設計における考え方

10000回の日常

住宅ができて、生活が始まると、毎日の日常は驚くほどの回数になる。1年365日、30年足らずで10000日以上暮らすことになります。だから入浴やトイレなど、とても日常的なことも、10000回以上繰り返すことなら、少し豊かな場所であるだけで、それは実際に暮らす人からすると、とても豊かなことにつながっていると思う。そんな長い時間を意識した家を創りたいと考えています。

喜怒哀楽

人は日常の中で、日々移り変わる感情を抱えながら生きています。何でも許せてしまうほど気分のいい日もあり、口を利く事さえ億劫な日や深い悲しみに打ちひしがれる日だってある。悲しい時は、夜のテラスで一人泣く日もあるかもしれない。つらい時は、書斎で元気に跳ね回る子供たちの声を聞き、気持ちを奮い立たせる日もあるかもしれない。家を創るということは、そんな人間の少しどろどろした部分にも寄り添える空間を創ることだと考えています。

住人と住居

設計を依頼された人や家族に合う家を創ろうと思ったことは今まで一度もないと思います。むしろその人がいたからこそ生まれてきたような家を創ることを心がけています。人は時間とともに変わる、家族も当然変わるでしょう。そんな時、頼りになるのは、空間が住人につながっているかどうかだと思います。だからおのずと、創るたびに全く違うものが出来るのだと思う。

クライアントと建築家

クライアントの要望は、建築家として聞くのは当たり前です。だけどそれはそのまま何でも聞き入れて、要望のパッチワークのような住宅を創るべきだとは思ってはいません。その要望の群れや、時に要望がないことの本質が何なのかを考え、空間にすべきだという思いで、日々設計しています。

出会い

建築が建つ場所に同じ場所は二つとしてありません。同様にそこに住むことになるクライアントも同じ人は二人といません。両者はそれぞれかけがえのない歴史や個性、そこにしかない環境や背景を持っていることを強く意識して、日々設計を行なっています。ですから、必然的にその都度新しい住まいのかたちが生まれてくるのだと考えています。私にとってクライアントとの出会いは、即ち新しい住宅建築との出会いの瞬間でもあるのです。